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ドライブルートのなかから、歩いて学べるエリアをクローズアップしてご紹介するコーナーです。今回の散策コースのテーマは、「太古の浪漫・一支国(いきこく)を感じて」です。 2010年(平成22)3月14日、壱岐市に新しい歴史文化体験施設「壱岐市立一支国博物館」が誕生しました。そしてこの博物館の眼下には、邪馬台国が存在したころの国・一支国の王都「原の辻遺跡」が広がっています。当時の遺物の数々が展示されている「一支国博物館」と国の特別史跡に指定されている「原の辻遺跡」を訪ねて、太古の浪漫を感じよう!
壱岐市立一支国博物館・長崎県埋蔵文化財センター
原の辻遺跡 原の辻一支国王都復元公園
新しくオープンした「一支国博物館」では、“海上の貿易センター”として弥生時代に繁栄した壱岐の王国・一支国の歴史を学ぶことができます。また、東アジアを舞台に壱岐の歴史が紹介され、海を介した国々の各時代における社会情勢や時代背景などについても知ることができます。“見て・触れて・楽しむ”体験型の博物館なので、大人も子どももみんなでワクワク!感動と発見が待っている新感覚のミュージアムです。 しま全体に歴史の足跡が残る壱岐の島は、まるで“しまごと博物館”。その拠点となる情報発信の施設としての役割も果たしてくれそうです。まずは、博物館に行ってみよう!
「一支国博物館」の眼下に広がる「原の辻遺跡」も、「原の辻一支国王都復元公園」として整備され、一般公開されています。博物館から歩くと約30分程度(車で約3分程度)のところ。弥生時代を想像しながらゆったりと歩き、途中「大塚山古墳」や「安国寺」に立ち寄って、壱岐島の歴史に触れる散策もおススメです。
かつて邪馬台国が存在していた時代、一支国の王都が広がっていたところです。一支国は、「魏志倭人伝」に記された国の中で、国の場所と王都の位置の両方が特定された国内唯一の遺跡です。 1904年(明治37)、松本友雄(まつもとともお)氏によって発見された原の辻遺跡では、その後の発掘調査によって、日本最古の船着き場の跡(1996年(平成8)検出)や当時の「一支国」が大陸との交流によって繁栄していたことを示す住居跡、交易によってもたらされた様々な地域の土器、中国の貨幣、日本唯一の人面石やココヤシで作った笛などが発見されています。 史跡の国宝級ともいえる“国の特別史跡”に指定され、数々の遺構や遺物の発見・検出をもとに、当時の建物などの復元整備がおこなわれてきました。今回、一支国博物館の開館にあわせて、「原の辻遺跡 原の辻一支国王都復元公園」としてリニューアル公開されることになりました。単に建物の外観の復元だけではなく、その役割によって内部もそれぞれ整備されています。 発掘から調査・復元までの経過も踏まえて、ちょっと観察してみましょう。
2005年(平成17)、遺跡の中心域の3棟が復元されました。また、この年には、丘陵の祭儀場跡周辺で大規模な土器溜りや甕棺墓、石棺墓が検出されました。
2006年(平成18)には、 遺跡の中心域の5棟と管理小屋を復元しました。また、丘陵の祭儀場跡周辺で発見された土器溜りは、その範囲が確認され、土器のほかに人骨や獣骨、丹塗りの土器なども新たに見つかりました。
2007年(平成19)には、遺跡の中心域に5棟を復元しました。
2008年(平成20)には、中心域に4棟復元しました。
現在も発掘調査は続けられています。これまで調査が行われた部分は、広大な遺跡のなかの1割程度の面積だそうです。まだまだこの公園の下には弥生時代の浪漫が眠っているのかもしれません。今後の発掘調査もとても楽しみです。
・壱岐市立一支国博物館・長崎県埋蔵文化財センター